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東京地方裁判所 平成7年(タ)495号 判決 1997年6月24日

本訴原告・反訴被告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

上松正明

本訴被告・反訴原告

甲野一郎

右訴訟代理人弁護士

斎藤栄治

主文

一  甲野春子と甲野一郎とを離婚する。

二  甲野春子に対し、別紙物件目録記載一の建物の甲野一郎持分を、別紙物件目録記載二の建物を、それぞれ財産分与する。甲野一郎に対し、金一〇七六万円を財産分与する。

三  甲野一郎は、甲野春子に対し、別紙物件目録記載一の建物について、前項の財産分与を原因とする共有持分権全部移転登記手続を、別紙物件目録記載二の建物について、前項の財産分与を原因とする所有権移転登記手続を、それぞれせよ。

四  甲野春子は、甲野一郎に対し、金一〇七六万円を支払え。

五  甲野一郎は、甲野春子に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金銭を支払え。

六  甲野春子のその余の本訴請求を棄却する。

七  甲野一郎のその余の反訴請求を棄却する。

八  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを三分し、その二を甲野一郎の負担とし、その余を甲野春子の負担とする。

事実及び理由

以下、甲野春子を「春子」と、甲野一郎を「一郎」と略称する。

第一  請求の趣旨

一  春子の本訴請求

1  春子と一郎とを離婚する。

2  主文第二項及び第三項と同旨

3  一郎は、春子に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成七年九月二四日から支払済みまで年五分の割合による金銭を支払え。

二  一郎の反訴請求

1  一郎と春子とを離婚する。

2  一郎に対し、別紙物件目録記載一の建物の春子持分を財産分与する。

3  春子は、一郎に対し、別紙物件目録記載一の建物について、前項の財産分与を原因とする共有持分権全部移転登記手続をせよ。

4  春子は、一郎に対し、五〇〇万円及びこれに対する平成九年三月一五日から支払済みまで年五分の割合による金銭を支払え。

第二  事案の概要

一  本訴請求は、春子が一郎に対し、悪意の遺棄又は婚姻を継続し難い重大な事由があることを理由に離婚を求めるとともに、財産分与および慰謝料の支払いを請求しているものである。反訴請求は、一郎が春子に対し、婚姻を継続し難い重大な事由があることを理由に離婚を求めるとともに、財産分与及び慰謝料の支払いを請求しているものである。

二  前提事実

1  春子と一郎は、昭和三八年一一月二九日婚姻の届出をした夫婦である。二人の間には、長男〈省略〉(昭和四一年一〇月一三日生)及び二男〈省略〉(昭和四六年六月二五日生)の二人の子がいる(乙一四号証の2)。

2  別紙物件目録記載一の建物(以下「母屋」という)は、借地権付建物であり、春子と一郎が昭和四四年に取得した。一郎の父親が購入資金の一部を負担したため、春子と一郎が各八分の三、一郎の父親が八分の二の持分を有している(甲一、三号証、九号証の1、2)。

3  別紙物件目録記載二の建物(以下「離れ」という)は、借地権付建物であり、春子と一郎が昭和五二年に取得した。離れは、一郎の単独名義となっている(甲二、三、一〇号証)。

三  春子の主張

1  離婚原因について

一郎は、これまでに七度の転職を繰り返したが、事前に春子に相談したことはなく、いつも突然転職し、次の就職先が決まるまで失業した期間もあった。一郎は、転職について当然のような態度に終始し、春子や子供に与える不安を考慮したことはなかった。また、一郎は、気にいらないことがあると、春子や子供に暴力を振るい、膠原病及び緑内障を患っている二男〈省略〉に対し、邪魔者扱いして、かえって病状を悪化させるような言動に終始した。

一郎は、平成三年一〇月以後、当時年収が六〇〇万円以上あったにもかかわらず、突如として生活費を月一〇万円しか渡さなくなった。二人の子供は未だ学生であり、月一〇万円で春子と二人の子供が生活していくことは不可能であったため、春子は、一郎に対し、生活費をさらに渡すよう要求したが、一郎はこれを拒否した。春子は、やむなく家庭教師として働いて、貯金を取り崩しながら、生計を維持している。

したがって、一郎は春子を悪意で遺棄したものであり、又は離婚を継続し難い重大な事由がある。

2  財産分与について

口頭弁論終結時の夫婦財産を基礎とし、過去の婚姻費用の未払分や扶養の要素等を修正要素とし、財産形成に寄与した内容を考慮して、決定されるべきである。

(一) 口頭弁論終結時の夫婦財産

【不動産】 評価額合計 二三五八万四三六五円

母屋及びその借地権(持分八分の六)評価額一六六三万九一二五円

離れおよびその借地権 評価額六九四万五二四〇円

【預金】 合計四六七万六〇八七円

平成三年一〇月以後の増減分については寄与度を評価できないので、平成三年一〇月現在の残高を基礎とすべきである。

〈省略〉

【株式】

株式については、春子が自らの収入で銘柄を選択して投資してきたものであるから、一郎の貢献は全くなく、財産分与の算定から除外すべきである。

(二) 未払婚姻費用分担の清算合計二二三一万円

一郎は、平成三年一〇月以後、生活費を月一〇万円しか渡しておらず、婚姻費用分担義務を履行していないので、その未払分を財産分与において考慮すべきものである。

婚姻費用の算定は、労働科学研究所の総合消費単位方式によって行うべきである。具体的計算方法は、別紙未払婚姻費用計算書(春子主張分)のとおりであり、未払婚姻費用は合計二二三一万円となる。

(三) その他の費用分担の清算合計一〇三六万八五五二円

A 春子は、平成六年二月一日、母屋の修繕費として二九六万七〇〇〇円を支出した。この費用は、春子と一郎が収入に応じて負担すべきものであるから、一郎は、平成六年の収入で按分計算した二五八万七八二六円を負担すべきである。

B 春子は、平成六年、長男〈省略〉の結納金として一〇〇万円を支出した。この費用は、春子と一郎が収入に応じて負担すべきものであるから、一郎は、平成六年の収入で按分計算した八六万九五六五円を負担すべきである。

C 春子は、平成三年一〇月から平成八年一二月までの間に、二男〈省略〉の医療費自己負担分として合計二五二万九四一九円を支出した。この費用は、春子と一郎が収入に応じて負担すべきものであるから、一郎は、平成三年一〇月から平成八年一二月までの平均収入で按分計算した二二三万七五六二円を負担すべきである。

D 春子は、平成三年一〇月から現在までの間に、二男〈省略〉の大学授業料及び大学院の入学金及び授業料として、合計五二八万三二〇〇円を支出した。この費用は、春子と一郎が収入に応じて負担すべきものであるから、一郎は、平成三年一〇月から平成八年一二月までの平均収入で按分計算した四六七万三五九九円を負担すべきである。

(四) 扶養的要素

二男〈省略〉は、膠原病及び緑内障を患っているため、体力的に就職が困難であり、本人の適性を考慮して、大学院に進学している。二男〈省略〉については、今後とも春子が扶養していかざるを得ない。二男〈省略〉が大学院を卒業する平成一一年三月までに要する授業料及び生活費は、合計五〇〇万円以上であるから、一郎は、この費用の内、春子と一郎の収入で按分計算した四四二万三〇六七円を負担すべきである。したがって、右費用を扶養的要素として、財産分与にあたって考慮すべきである。

(五) 具体的な財産分与の方法

右(二)から(四)のとおり、一郎が春子に対して支払うべき金額が、三〇〇〇万円を上回っているから、春子は、その代償として不動産及び預金を取得することができる。春子は、一郎に比較して収入が大幅に少なく、膠原病及び緑内障を患っている二男〈省略〉を今後養育していく必要があることからも、不動産を取得するのが相当である。

3  慰謝料について

婚姻破綻については一郎に責任があり、慰謝料としては五〇〇万円が相当である。

四  一郎の主張

1  離婚原因について

一郎は何度か転職をしているが、平成元年までは、転職に際して春子に相談しており、転職によって収入が減少したわけではないから、それが原因で夫婦関係が悪化したことはない。一郎が、春子や子供に暴力を振るったり、二男〈省略〉を邪魔者扱いしたことはない。

一郎と春子の夫婦関係が悪化した原因は、春子が一郎に相談することなく、長男〈省略〉を春子の両親の養子にすることを計画し、これを知った一郎が反対したものの、春子がこれを無視して、平成元年三月に長男〈省略〉と春子の両親との養子縁組を行ったことにある。さらに、平成三年七月ころから、春子は、一郎に対し、「エタ」、「非人」といった人格を傷つける発言をし、「テメィの世話にはならぬ」等と蔑視するようになった。春子は、子供たちにも、一郎を蔑視させるように仕向け、子供たちも一郎を蔑視するような言動をするようになった。

平成三年一〇月以後、一郎が春子に対し、生活費を月一〇万円しか渡さなくなったのは、春子が一郎の世話にはならないとの態度を示したため、双方の協議により、今後は自分の生活費は自分で稼ぐことを合意し、二男〈省略〉の生活費分として一〇万円を一郎が負担することになったためである。

このように、一郎と春子の夫婦関係は、春子の行為により破綻したものであり、婚姻を継続し難い重大な事由がある。

2  財産分与について

(一) 清算の対象とする夫婦財産は、次のとおりである。

【不動産】 評価額合計 二三五八万四三六五円

母屋及びその借地権(持分八分の六)評価額一六六三万九一二五円

離れおよびその借地権 評価額六九四万五二四〇円

【預金】 合計一五一四万一九七五円(株式売却代金)

【未公開株式】 評価額三八万五〇〇〇円(額面により計算)

(二) 一郎と春子は、平成三年一〇月ころ、各自の生活費は自分で稼ぎ、二男〈省略〉の生活費分として一〇万円を一郎が負担することを合意し、一郎はそれを履行しているから、未払婚姻費用はない。

また、婚姻費用分担請求権は、婚姻関係を維持していくことを前提として認められるものであり、既に破綻している夫婦関係においても、破綻していない夫婦と同様に認めると、収入の多い配偶者が多額の負担を負わされて、財産分与を実質的に受けられない結果となる。したがって、婚姻関係が破綻した夫婦間における婚姻費用分担請求権は、破綻の責任を考慮して、限定的に認めるべきであり、婚姻関係が破綻したことについて有責の配偶者は、婚姻費用分担請求権を制限されると解すべきである。春子は、有責配偶者であるから、この点においても、春子の婚姻費用分担請求権は認められない。

(三) 春子は、定期預金や生命保険解約金等合計約一四五〇万円の資産を管理している。二男〈省略〉について、学費や医療費として約五七四万円の特別生計費を支出したとしても、残額八七六万円を返還すべき義務がある。

(四) 財産分与の具体的方法

有責配偶者である春子が自宅に居座り、一郎が自宅を追い出されるのは、条理に反するし、母屋の持分八分の二は一郎の実父名義であることからも、不動産については、一郎が取得するのが相当である。未公開株式は、取得の経緯からみて一郎が取得するのが相当である。預金は、春子が取得するのが相当である。春子は一郎に対し、八七六万円を返還すべき義務があるから、これを考慮すると、右のような清算で、一郎と春子の取得割合はほぼ均等となり、均衡のとれた清算となる。

3  慰謝料について

婚姻破綻については春子に責任があり、慰謝料としては五〇〇万円が相当である。

五  双方の対立点

1  婚姻破綻に至った原因、春子と一郎のどちらが有責か。

2  財産分与の内容、特に未払婚姻費用を考慮するかどうか。

3  双方の慰謝料請求権の有無。

第三  当裁判所の判断

一  婚姻破綻に至った経緯について判断する。

1  〈証拠省略〉によれば、以下の事実が認められる。

(一) 春子と一郎は、東京外国語大学在学中に知り合って、大学卒業後に婚姻した。一郎は、結婚してからしばしば転職しているが、これは一郎の職業観によるものであり、転職について春子に相談することはほとんどなかったが、昭和六三年二月のA社退職までは、収入的にも減少することはなかった。この間、一郎の勤務の関係でアメリカでの生活もあった。春子も、語学力を生かして、仕事をしていたが、昭和五二年から、家庭教師をするようになった。

(二) 一郎は、昭和六三年二月に、A社を退職したが、これは社内紛争が原因であり、転職するために退職したものではない。したがって、一郎にとっては不本意な退職であり、次の就職先も未定であった。また、長男の就職活動の時期を控えていたため、春子や長男にも深刻な不安を与えた。一郎は、失意から酒量が増えて、家族に乱暴な言葉を吐くこともあった。一郎は、B社への就職が決定し、昭和六三年五月二日にアメリカに出国した。一郎は、長男の就職活動への影響を避けるために、慌てて就職したものの、B社での仕事や職場環境は一郎にとって最悪に近いもので、勤務意欲を失い、一時帰国した際には、飲酒してさかんに愚痴をこぼしていた。結局、一郎は、長男の就職が内定した後の平成元年二月にB社を退職した。一郎は、失業期間中は酒量が増えて、家族に当たり散らすこともあったが、平成元年八月にC社に就職している。

(三) 二男は、高校生であった昭和六三年夏ころ、体の不調を訴え、膠原病と診断され、以後治療を継続していた。春子は、二男の病状が少しでも良くなるように細心の注意を払っていたが、一郎は、二男に対し、暖かい言葉をかけることはなく、逆に薬の副作用で肥満している二男を「豚」等と言って、からかうような言動をした。

(四) 春子の父親には、春子を含めて五人の子供がおり、内二人が男であったが、二人の息子にはいずれも男の子がいなかった。また、春子の父親は同人の二男を快く思っていなかった。春子の父親は、家意識の強い人であるため、代々続いてきた丙川家の後継者として、昭和六二年ころ、春子に対し、春子の子供を養子にすることを希望し、養子となる者に自分の全財産を承継させたいとの意向を示した。この縁組の話は、春子の兄弟の一部には内緒で進められた。春子の長男は、弟が病気になり、弟の将来の生活に不安があるところ、一郎は転職が多くて頼りないことから、自分が養子になって、丙川家の財産を承継できれば、弟の生活設計にも役立つと考え、昭和六三年の間に、春子の両親の養子となることを承諾した。一郎は、昭和六三年の終わりころに、右養子縁組の話を聞かされ、その内容に賛成しかねたので、春子や春子の父親に対し、再考を求めたが、既に養子縁組の意思は固く、長男の意思も変わらなかった。結局、平成元年三月二七日に右養子縁組の届出がなされた。

(五) 春子は、二男について、病気であることから大学に進学させて、病状の回復状況をみてから就職を考えた方がよいとの考えであったが、一郎は、大学に進学しないで就職させた方がよいとの考えであり、意見が対立した。平成三年一〇月に至り、一郎は、二男の医療費がかかりすぎると不満を述べ、春子に対して、生活費を月一〇万円しか渡さなくなった。春子は、月一〇万円では生活費として大幅に不足することから、一郎に対し、もっと生活費を渡すよう要求したが無視されたため、一郎の食事を作らなくなった。春子は、平成七年、一郎に対し、婚姻費用分担の調停を申し立てたが、不調に終わった。春子と一郎は、現在も同じ家に同居しているが、平成四年ころから、寝食は完全に別になっている。

2  一郎は、春子との夫婦関係が悪化した原因は、春子が一郎に相談することなく、長男を春子の両親の養子にすることを計画したことにあり、養子問題があったために、仕事が手につかず、B社を退職せざるを得なかった供述している。これに対し、春子は、右養子縁組の話は相当以前から一郎に相談して、一郎もこれを了解していた旨供述している。

長男を春子の両親の養子にすることは、当初は春子の親族の一部にも内緒で進められていたものであり、一般的に一郎が右養子縁組を歓迎することは期待できないから、当初から一郎に知らされていたとは考え難い。したがって、春子の右供述部分は信用し難く、長男の養子縁組の件については、一郎が春子に対して強い不満を持ったことが認められる。しかし、甲二一号証によれば、一郎は、B社について強い不満を持っていたことが認められるから、養子縁組問題が原因でB社を退職せざるを得なかったとの一郎の供述は信用できない。

3  また、一郎は、飲酒は常に家族と対話しながらリラックスして飲んでおり、飲酒した上、春子や子供に対して、暴言を吐いたり、信頼を失うような言動はしていない旨も供述している。確かに、春子が供述する一郎の暴言や暴行は、やや抽象的であり、日常的に暴言や暴行があったとは認められない。

しかし、春子本人尋問の結果によれば、春子は、家庭教師の仕事をしている関係で、夕方は時間的に多忙であることが認められるし、一郎が現在では子供らから信頼されていないことは自ら認めるところであるが、既に成人している子供らが一郎をそのように見ていることは、一郎に信頼を失う言動があったことを推認させるものである。したがって、一郎の右供述は信用できない。

4  さらに、一郎は、平成三年ころから、春子が一郎に対し、「エタ」、「非人」といった人格を傷つける発言をし、「テメィの世話にはならぬ」等と蔑視するようになり、平成三年一〇月以後、一郎と春子との間で、生活費を月一〇万円しか渡さなくなったのは、春子が一郎の世話にはならないとの態度を示したため、今後は自分の生活費は自分で稼ぐことを合意し、二男の生活費分として月一〇万円を一郎が負担する旨の合意が成立した旨供述している。

しかし、甲二一号証によれば、一郎は、平成元年当時から、他人を蔑視する言葉として、自ら「エタ」、「非人」といった言葉を使用していることが認められる。また、二男の生活費分のみを一郎が負担する合意が成立したとすれば、当時二男の生活費の具体的内容を、資料に基づいて協議したはずであるが、そのような形跡は何ら認められないし、平成七年に春子が婚姻費用分担の調停を申し立てていることからも、一郎の供述する合意が成立したとは考え難い。したがって、一郎の右供述は信用できない。

二  婚姻破綻に至った原因について検討する。

1  前記一認定事実によれば、春子と一郎の婚姻関係は、既に破綻していると認められ、婚姻を継続し難い重大な事由がある。

2  一郎の転職は、春子にとって常に不安を覚えるものではあるが、昭和六三年二月のA社の退職までは、一郎にとっては前向きな転職であり、収入的にも減少していないので、夫婦関係にそれほど大きな影響を与えたとは認められない。A社退職後の一郎の家族に対する態度によって、春子が一郎に対する信頼を失い、その結果として長男の養子縁組について一郎に十分な相談がなされず、これによって一郎が春子に不信感を持つようになり、平成三年一〇月に至って、一郎が一方的に生活費を月一〇万円しか渡さなくなったことにより、婚姻関係が破綻に至ったと考えられる。

3  このように、婚姻破綻に至った経緯を検討すると、婚姻破綻については春子と一郎の双方に責任があるが、夫婦関係悪化の当初は一郎に責任があること、婚姻破綻が決定的となった婚姻費用分担の打ち切りは、一郎に全面的に責任があることから、比較すると一郎の方により責任があるといえる。

三  財産分与請求権の有無及び内容について判断する。

1  本件では慰謝料請求が別途なされているため、財産分与の有無及び金額は、清算的要素を基本として、扶養的要素も考慮して決定すべきである。

婚姻関係が破綻した後においても、婚姻費用分担請求権は認められるものであるから、離婚に際しての財産分与において、未払婚姻費用を考慮することは可能である。春子は、婚姻破綻について主たる責任がある有責配偶者とは認められないから、未払婚姻費用を考慮することに何ら支障はない。但し、婚姻費用分担は、本来は婚姻関係を継続することを前提としたものであるから、婚姻関係が破綻して離婚訴訟が係属している場合には、その金額の算定に当たっては考慮が必要である。

2  清算的要素においては、婚姻破綻時における夫婦形成財産が基礎になる。それ以後に形成された財産は、形式的には夫婦財産であるが、財産形成について互いの寄与がないから、清算の対象として考慮すべきではない。本件においては、春子と一郎は現在も同居しているため、破綻時期をいつとみるかが問題であるが、一郎が婚姻費用分担を一方的に大幅に減額した平成三年一〇月とみるのが相当である。

平成三年一〇月当時の夫婦財産については、〈書証番号略〉によれば、次のとおり四七六五万円相当(全て一万円未満四捨五入)の財産があったことが認められる。なお、春子は、株式については自らの収入により、自らが銘柄を選択して投資したものであるから、夫婦財産として評価すべきでないと主張しているが、仮に春子主張の事実があったとしても、株式のみを除外する理由にはならない。

【不動産】 評価額合計 二三五九万円

母屋及びその借地権(持分八分の六)評価額一六六四万円

離れ及びその借地権 評価額六九五万円

建物については固定資産評価額により、借地権については路線価により評価したものである。

【預金等】 評価額八五三万円

〈省略〉

【株式】 評価額一五五三万円

〈省略〉

3  次に、未払婚姻費用の面から検討する。

婚姻費用は、双方の収入に応じて負担すべきものであるから、前提として収入を認定する必要がある。この場合の収入は、家庭のために支出することが可能な金額が基礎となるから、名目収入から、税金・社会保険料・職業維持のために最低限必要な支出等(職業費)を控除した金額である。

春子の収入については、客観的資料はないものの、春子本人尋問の結果によれば、平成三年一〇月以後の年収は一二〇万円程度であることが認められる。春子については、所得税を考慮する必要はなく、職業費として一〇パーセントを控除するのが相当である。したがって、算定の基礎となる春子の収入は年一〇八万円である。

一郎の収入について検討する。一郎本人尋問の結果によれば、一郎は、平成五年九月まではC社に在職し、平成六年一月からは、D社の代理店のような自営業を営んでいることが認められる。甲三一号証の1、2によれば、平成三年一〇月から平成五年までの手取収入は、次のとおりであることが認められる。平成五年一〇月から一二月までは無職のため、収入は基本的にないと推認される。

平成三年一〇月から一二月

一二七万円

平成四年 五六五万円

平成五年一月から九月 四一〇万円平成六年以後の収入については、客観的資料に乏しく、一郎もその金額を明示しない。甲三一号証の1、2によれば、さくら銀行にある一郎の口座にほぼ半年毎に四〇〇万円程度の入金があり、右口座からは事業経費とみられる支払がほとんどみられないことが認められる。あさひ銀行常盤台支店に対する調査嘱託の結果によれば、同銀行にある一郎の口座には、E社から年間二〇〇〇万円以上の入金があるが、同時に多数の出金が行われており、差し引きではある程度の余剰があることが認められる。そうすると、さくら銀行口座への入金は、基本的に収入であり、あさひ銀行口座への入金は、その一部のみが収入であることになる。したがって、平成六年以後の一郎の年収は、八〇〇万円以上と認められる。

平成五年までの収入は、手取収入であるから、職業費として一〇パーセントを控除するのが相当である。平成六年以後については、税金の問題も考えられるから、職業費を多くみて一五パーセントを控除するのが相当である。したがって、算定の基礎となる一郎の収入は、次のようになる。

平成三年一〇月から一二月

一一四万円

平成四年 五〇八万円

平成五年 三六九万円

平成六年以後 六八〇万円

以上に認定した収入に基づいて、生活保護基準方式により婚姻費用を算定する。右算定に際しては、二男の必要医療費を最低生活費に準じて考慮する必要があるが、〈書証番号略〉によれば、平成三年から平成八年までの間、二男の医療費自己負担分として、少なくとも月三万円以上を要したことが認められるから、右金額を二男の最低生活費に加算して算定する。具体的な算定方法は、別紙婚姻費用計算書(認定分)のとおりであり、一郎が負担すべき婚姻費用は、平成八年一二月までで一七九八万円となり、この間の既払額が月一〇万円で合計六三〇万円であるから、未払額は一一六八万円となる。

ところで、〈証拠略〉によれば、春子は、平成五年以後、二男の大学授業料として年間一〇〇万円以上の負担をしていることが認められるから、本来は婚姻費用分担金額の算定にあたって右金額を考慮すべきである。また、春子は、母屋の修繕費として約三〇〇万円を支出したと主張しているが、右支出が事実であれば、これも特別の出費として、本来は婚姻費用分担金額の算定にあたって考慮すべきである。なお、春子は、他にも考慮すべき費用を主張しているが、いずれも本来の婚姻費用の一部又は社交儀礼的なものであって、婚姻費用の算定にあたって特に考慮すべきことではない。

したがって、本来の婚姻費用未払額は、右金額より多額になる。しかし、もともと婚姻費用分担は、婚姻関係を継続することを前提としたものであり、破綻した夫婦関係においても全額を認めるのは相当でないから、右金額の限度で考慮するのが相当である。

4  扶養的要素の面から検討する。

一郎と春子の年収は、先に認定したとおりであり、春子の収入は一郎に比較して大幅に少なく、この差は今後も解消される見込みはない。また、春子は、現在のところ二男の面倒を見ており、当面の二男の学費を負担することになる。したがって、扶養的要素についても考慮する必要がある。

5  具体的な財産分与の方法について検討する。

不動産については、春子の年収が少ないため、春子が他に居住用不動産を取得又は賃借することは困難であるし、二男が当面は同じ家に居住できることが望ましいから、春子が取得するのが相当である。未公開株式については、一郎が取得するのが相当である。春子が取得すべき財産総額は、平成三年一〇月当時の夫婦財産の半額である二三八二万五〇〇〇円に、未払婚姻費用相当額一一六八万円を加算し、これに扶養的要素を考慮して、三六五〇万円とするのが相当である。

そうすると、春子と一郎の取得財産は、次のようになる。

春子 不動産二三五九万円及び預金等一二九一万円

一郎 未公開株式三九万円及び預金等一〇七六万円

春子本人尋問の結果によれば、上場株式売却代金を含めて預金関係は全て春子が管理しており、平成三年一〇月以後、生活のために解約した預金も多いが、株式売却代金等の預金は現在も残っていることが認められる。したがって、右財産分与方法では、春子が一郎に対し一〇七六万円を支払う必要があるが、右支払いは可能であるから、財産分与の方法として妥当なものである。

四  慰謝料請求について判断する。

既に判断したとおり、婚姻破綻については、一郎により責任があるから、一郎の慰謝料請求については、認められない。春子の慰謝料請求については、春子にもある程度の責任があること等を考慮して、二〇〇万円の限度で認めるのが相当である。

五  結論

春子の本訴請求は、離婚、不動産の財産分与及びこれによる登記手続、慰謝料として二〇〇万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日からの遅延損害金の支払いを求める限度において理由がある。

一郎の反訴請求は、離婚、一〇七六万円の財産分与及びこの支払を求める限度において、理由がある。

(裁判官永野圧彦)

別紙目録〈省略〉

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